株式会社 河野製作所

CROWNJUN
English Chinese
平成20年10月6日 日経ビジネス
 小さなトップランナー
  河野製作所(医療用器具の製造)
  0.03mmの針で手術革命
 

    世界最小の医療用針を開発して、難度が高い手術に進化をもたらす。

    指先の血管縫いつけや皮膚移植などの成功に貢献する。

    医師の信頼で取り組み、成功。極小針で国内60%のシェアを持つ。

 誤って指先を切り落としてしまった患者が手術室にいる。治療に当たる外科医は,黒島永嗣・帝京大学医学部教授。黒島医師は顕微鏡を覗きながら、直径が0.2oにも満たない細い血管の周囲を7針も縫い合わせていく。そして無事、成功。

 その手術はそれまでと違った。血管を縫う針がいつもより小さいのだ。これまで使っていた最小の針の直径は0.1o。それが今回は0.03oになった。

 その差はたった0.07oしかない。だが黒島教授は言う。「この0.1oにも満たない小さな違いが、微細な手術に大きな進歩をもたらしている。この針で救われる患者がたくさんいる」。

   教授が依頼、3年で製品に

 極小の針を使った微細な手術は「マイクロサージャリー」と呼ばれる顕微鏡を用いた特殊な手術だ。切断された指先の血管を縫い合わせる手術や、皮膚の移植手術などで活用される。こうした体の小さな組織にメスを入れるなど、通常の手法では難しい治療ができる。

 この微細な手術に欠かせない極小の針を製造するのは河野製作所(千葉県市川市)だ。マイクロサージャリー用の針では国内60%のシェアを持つ。

 2004年には世界最小となる直径0.03o、長さ0.8oの糸付き針を開発した。このサイズで実用に耐える針を製造できるのは、現在のところ同社をおいてほかにない。

 医療の現場ではミスが許されない。手術用針に関しても、施術中に折れたり、針先が曲がったりしては大事故につながる。

 河野製作所の針は単に小さいだけではない。極細の血管でもしっかりと貫通するよう、針は丁寧に研磨されている。また施術中に折れたりしないように、針全体にコーティング加工が施されている。極小の針は肉眼では金属片にしか見えないが、小さくても手術用の針に求められる品質を保っている。

 「河野製作所の微細な外科用針の品質は世界でもトップクラス。切れ味も鋭い。使っていると丁寧に作り上げているのが手に取るようにわかる」。黒島教授はこう評価する。

 実は黒島教授こそ、この極小針を生み出すきっかけを作った人物だ。「もっと微細な手術ができるマイクロサージャリー用の針を作ってほしい」。黒島教授のこんな依頼を受けて、河野淳一社長は2001年から本格的に世界最小の糸付き針の開発を始めた。

 それまで顕微鏡を用いた微細な手術では、太さ0.5o程度の血管を縫うのが限界だった。直径0.03oの針を開発したことで、0.2oの血管までつなぎ合わせることができるようになった。このわずかな差が、微細な手術では大きな違いとなる。

 例えば切断された指先の手術では、指先の関節部分にある動脈を縫うのが限界だった。それより指先に近い部分では血管が細すぎて縫うことができない。0.03oの針ならば、指の先端でも血管を縫い合わせられる。

 潰れた手の指先の代わりに足の指を移植する場合にも威力を発揮する。

 移植には足の指先から数pの部分だけ切り取ればよい。これまでは太い血管のある足の甲まで切開していた。足の指先にある血管を縫うことができなかったのだ。

 世界最小の針ならば、指先を少し切り取るだけで済む。切り取る範囲が少ないので傷も目立たない。

 万が一、太い血管を傷つけてしまうと、出血が止まらないなど、手術のリスクが高い。0.2o以下の細い血管を縫えれば、太い血管を傷つけずに済み、安全性が高まる。細い血管を縫うだけなので出血も少なくて済み、患者の負担も減る。入院期間を2週間も縮めることもできるようになった。

   脳外科や美容外科でも活用へ

 世界最小の針が使われているのは、今のところ整形外科や形成外科が中心だ。今後は脳外科や心臓外科、美容外科への応用も期待されている。

 河野製作所は世界で初めてマイクロサージャリー用の極小針を開発した老舗だ。すでに50年近く手術用の針の製造に携わっている。しかし開発には老舗ゆえのハードルが立ちふさがった。

 河野氏が社長に就任した1997年当時、社員の平均年齢は50代だった。高齢化が急速に進んでおり、社内は変化を嫌う空気が漂っていた。

 そこで河野社長は従業員の若返りを図る。自らの給与を削って、新たな人材を積極的に登用していった。その結果、社内の平均年齢は50代から30代にまで下がる。極小針の開発も若い世代が中心となった。

 課題もあった。当時の製造設備では0.03mmの針を開発できなかった。

 その針を作るための材料として選び出したのはステンレス。それをさらに線状にする必要がある。しかし従来の設備では0.03mmに引き伸ばす前にステンレスがちぎれてしまった。たとえ線状にできても、あまりに細いため、ふわふわと浮いてしまって加工できない。

 そこで加工中でも素材がちぎれないような工具や、極細の線材を固定して加工できる機械を独自に開発した。社内に製造設計の専門家はいない。極小針の開発を任された技術者が設備の設計から製造までを担当した。

 「前例がないため、設備の設計や製造を外注しようにも受け入れる企業はなかった。しかし我々は極小針のパイオニア。たとえゼロからでも開発を進めなければならないと、若い技術者に伝えてきた」と河野社長は語る。

 組織を刷新し、製造設備から設計し直す社長の決断が、世界最小の針の開発を成功に導いた。

   大市場・中国にも進出

 手術用針では、米医療器具大手ジョンソン・エンド・ジョンソンがトップシェアを握っている。しかし同社は長さ3.8mm以下のマイクロサージャリー用針は製造していない。これ以下のサイズになると、製造に職人技が必要で大量生産が難しい。また市場規模も2億円程度と小さく、大手では採算が合いにくい。 

 河野社長はこのような隙間市場に積極的に参入する。

 「狙うのは『小さな池の大きな鯉』。我々のような中小企業なら、小さな市場でも小回りの良さを生かして利益を挙げられる」と河野社長は語る。

 極小針の利益率は7割前後と非常に高い。競合他社はほとんど見当たらないため、利益率を維持しながら売り上げを伸ばすことができるという。

 同社の売上高は10億7,000万円(2008年9月期見込み)、営業利益は6,500万円(同)。

売り上げの5%以上を研究開発費に充てている。隙間市場で得た利益の多くを開発費に回し、新たな市場を開拓していく。この循環が同社を支えている。

 来年6月にはマイクロサージャリーの国際学会が日本で開かれる。ここで世界最小の針を世界に向けてアピールしていく。さらに今後の成長のために、海外にも打って出る。

 特に期待が大きいのは中国の医療器具市場だ。10年前から現地のスタッフを雇用して情報を収集し、進出の機会をうかがってきた。経済発展に伴って、質の高い医療を求める声が増加している今こそ、その好機と読んでいる。来年の春には現地に販売会社を立ち上げる予定だ。

血管の縫合手術を支える河野製作所の概要

本社  : 千葉県市川市

設立  : 1970年5月

資本金 : 1,000万円

社長  : 河野淳一(45歳)

売上高 : 9億9,045万円(2007年9月期)

従業員 : 91名

(飯山 辰之助)

   

(画像クリックにより記事が拡大されます)