医療用縫合針・縫合糸メーカーの株式会社 河野製作所 所在地:千葉県市川市曽谷 商品販売会社:クラウンジュン・コウノ CROWNJUN

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平成21年3月発行 みずほ海外ニュース
 WAZA ~ニッポンのものづくり魂~ 第4回

  ゼロから開発してこそものづくり   ~収益を上げることがものづくり環境を支える~   
 株式会社河野製作所  河野淳一代表取締役社長

 30ミクロンの針糸が誕生した。人間の血管には太い血管だけでなく細い血管が体中に張り巡らされている。30ミクロンの針・糸が誕生したことで指を切断してもこれまでなら難しかった細い毛細血管の縫合が可能になるなど、医療の可能性が格段に広がった。「世界中どこを探しても、この技術を保有している企業はありませんよ」。社員数わずか108人、売上高は10億円にすぎない中小企業4代目の河野社長は自信を示す。同社にとっての「開発」とは、厳しい競争の中を生き残るための生命線である。


 河野社長の祖父がエンジニアで、当初は時計針のメーカーとしてスタートした。知人のドクターから依頼されて医療用針をわずかに製造していたことが、後々同社のビジネスの礎となった。河野氏が社長に就任したのは2001年。この頃にはすでに医療用の針と糸に特化していたが、昔から職人気質が強い会社で、積極的な営業活動は少なく受身の経営。医療現場で求められるクリーンルームすら設置していなかったという。河野社長は「国内市場は拡大しているのに、売り上げは伸びていなかった。社内を改革しなければ生き残れない。PDCAを回し、社員の意識改革、開発力・技術力の向上に取り組んだ」と話す。
医療用の針・糸の国内勢力図は、外資系の医療メーカー大手のほか、国内の中小企業が数社あるのみだ。医療分野は新規参入が非常に難しい業界だといわれる。新規参入が難しいということは、新商品が受け入れられるチャンスが低い。そこに参入するには他社がまねできないような高付加価値品を作り出していくしかなかった。


 まずは技術者の養成から始まった。「開発・設計・工具製作・製品開発」の一連のものづくりの工程を一人の技術者がすべて行う。河野社長の方針は「技術者が開発・設計の一部分だけできてもものづくりの幅は広がらない。工具も自分で作ってみる。なんでもできてこそ、新しい発見につながる」。経営に影響が及ばない程度に社員には失敗覚悟で様々なことに挑戦させた。失敗を恐れてチャレンジ精神を忘れれば、新しい製品は生み出せなくなると考え、こうしたものづくりの精神を同社に根付かせていった。
何にチャレンジするのか。それは大手が手を出さないニッチ市場、あるいは無理だといわれる分野への挑戦だ。中小企業がどんなに大手に対抗しても規模ではかなわない。勝てるとすれば大手が開発できない製品を生み出し、しかも大手にとって採算ベースにのらない分野の製品を扱うことだった。


 そこで同社が注目したのが、当時の技術では対応できず、医療界があきらめていた血管50ミクロン以上500ミクロン以下に対応できる手術用の針・糸の開発だった。この針を使う手術は、顕微鏡を用いる手術で「マイクロサージャリー」と呼ばれる高度な手術。この血管レベルに対応する針と糸がなかったため、「無医村」と呼ばれる世界に入り込む針と糸の開発は、これまで治療をあきらめていた多くの患者に希望の光をもたらす結果へとつながった。


 河野社長は「多くのドクターがこのレベルの手術は無理だと思っていた。大手メーカーも採算が取れる領域でないため手をつけていなかった。しかし、技術者の訓練部材になればという感覚で試験的に研究させた結果、偶然にも開発できた」と開発の経緯を話す。50ミクロンを目指して開発を進めたところ、結果として30ミクロンの針と糸が開発できたのである。


 こうした技術力を武器に同社が考えたのが海外市場への展開だった。当初は米国への参入を検討したが、損害賠償請求を受けるリスクが高いことや価格条件の厳しさから見送り、米国に次いで市場規模拡大が見込める中国市場をターゲットとした。来年度中をめどに上海に販売会社を設立し、進出準備を進める。中国市場に参入するにあたっての基本方針は、他社が追いつける商品ではなく付加価値製品に特化すること。日本でのドクターとのつながりからできた中国のドクターとの人脈が中国市場への突破口となった。ドクターの紹介で中国の病院への売り込みが可能となったのである。また中国以外では、インドで高度な技術を生かせる眼科にも可能性を見出している。欧州では部材をOEM生産し、欧州メーカーに輸出することも考えるなど、同社の技術力が海外展開の幅を広げる。


 同社は5年後に売上高20億円を目指すが、これは海外売上分は含まず国内のみで計画する。河野社長は「海外事業は成功すれば大きいが失敗する可能性も高い。これも我々にとっては勉強であって業績見通しには入れられない」と、あくまで慎重だ。しかし、根本にはチャレンジ精神が脈々と流れる。将来的には中国で開発拠点を設ける夢もある。ものづくりを継続するには、企業として利益を出し続けることが経営者として最大の課題。売り上げのうち年間5~10%を開発費用に投資できるのも、毎年、技術者らが生み出す様々な高付加価値製品の競争力が顧客を惹きつけ、会社の収益に結びついていくからだという。河野社長は「利益が出るからこそものづくりが続けられる、中小企業だからこそ、多品種少量生産、高付加価値、短納期を目指したい。チャレンジ精神を持ち続ける環境を整えることが私の最大の役目」と強調する。


 開発した30ミクロンの特許を取るつもりはない。「どこの会社も真似できませんから」。自信を持って断言する河野社長の姿が、ものづくりへの高いプライドを感じさせる。
            (取材) みずほ銀行国際営業部国際アドバイザリーチーム  小原綾子

     株式会社河野製作所 企業情報
       1970年5月設立。顕微鏡下で行う「マイクロサージャリー」の分野で業界の
       パイオニアとして新技術の開発を進めている。1998年、販売委託会社「クラ
       ウンジュン・コウノ」設立。2007年、日本機械学会関東支部技術賞受賞。
       資本金1,000万円。

 

 

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