医療用縫合針・縫合糸メーカーの株式会社 河野製作所 所在地:千葉県市川市曽谷 商品販売会社:クラウンジュン・コウノ CROWNJUN

お知らせ

平成21年3月12日(木) 日刊工業新聞
 企業の志魂
 ‘09 直江兼続と戦国群雄列伝
 歴史に人あり 人に志あり 企業に魂あり

 上杉謙信は「この若者、樋口与六(後の直江兼続)こそ将来の上杉家の宝となる」と感じ入り、養嗣景勝と共に名僧北高全祝の雲洞庵に預け心身を鍛えあげた。与六もまた謙信の期待に応え、持ち前の経世の才を磨き、かつ知勇兼備の俊英に育った。戦国時代屈指の常勝軍団は、守護神"毘沙門天"の「毘」を旗印として一糸乱れぬ統制で「戦えば必ず勝つ」の武門の誉れを築きあげたのである。利よりも"義"を最優先とし、領民に愛と慈しみをもって越後の国を確立した気概は清々しい。謙信は天下布武の信長と鎬を削り、謙信の死後は秀吉と結び五大老の一角となった景勝を補佐し、家康には"義"に反するとして昂然と「直江状」を送りつけ、関ヶ原の戦いを誘発した直江兼続。今改めてその"義"と"愛"が見直されている。

 織田信長は居城を尾張から美濃に移した時から、"天下布武"という印を用いた。今川氏、斉藤氏を討ったとはいえ、まだ2カ国の領有に過ぎず、全国に上杉、武田、浅井、朝倉ら群雄が割拠していたのにである。それは「この信長が、100年余も続いた戦乱の世を終わらせ、天下を治めてみせる」という意気込みと自信の証明であった。まさに今、100年不況の真っ只中、出でよ天空を突き抜けて、時空を超えて"世界布武"と喝破する21世紀の俊英たち。無双の槍で戦場を疾駆するが如き技術者集団、新戦法鉄砲隊を指揮するが如き新しき概念を創造せよベンチャー、銀の鯰尾の兜を戴くが如き志を日本発世界へと雄飛せよ先進派企業。いざ、更なる成長の時なり・・・。

  (株)河野製作所

  代表取締役社長 河野淳一氏

  千葉県市川市曽谷2-11-10

 浅井長政は天下布武を目指す信長が京への押さえとして妹お市を嫁がせたほどの傑将。六角氏の内紛に乗じて近江南部を平定し、足利義昭の上洛には護衛を務めた。義兄信長の先見性に共感し尊敬しながらも、父久政への孝心も厚く、苦渋の決断を迫られ遂に信長と袂を分った。

 顕微鏡下で行うマイクロサージャリー分野の業界パイオニア。1949年の創業だがベンチャー精神を基軸に、多品種少量生産の高付加価値製品に特化し数々のオンリーワン製品を開発・製造・販売している。「超微細針糸」など、医療機器専門メーカーとしての実績は高く全国の病院・大学に信頼が厚い精鋭企業だ。

   

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