医療用縫合針・縫合糸メーカーの株式会社 河野製作所 所在地:千葉県市川市曽谷 商品販売会社:クラウンジュン・コウノ CROWNJUN

お知らせ

平成21年12月発行 三菱UFJビジネススクエア 「SQUET」
 企業最前線

   外科手術に革命をもたらす極小針のトップメーカー

  河野製作所

世界最小の手術用針を開発、それまで困難とされた微小外科手術を可能にしたマイクロサージャリー分野のパイオニア。開発型企業に徹し、「小さな池の大きなコイ」を狙う。

手術用微小針で国内六割のシェア

最近、「マイクロサージャリー」という言葉をよく耳にするようになった。整形外科や形成外科などで、顕微鏡を覗きながら特殊な器具を使って行う、外科手術のことである。手の指先を切断した人のために、足の指の移植手術を行うことは知られているが、マイクロサージャリーが未発達だったころには、移植元の足を縫合する際、太い血管のある足の甲まで切開しないと縫合することはできなかった。細い血管同士を縫合できる針や器具がなかったためである。
これに対して、針や器具の極小化が進んだ今日では、足の指先からわずかな部分を切り取るだけで縫合できることが少なくない。マイクロサージャリーは患者に低侵襲をもたらし、外科手術領域を拡大するなど、医療の進歩に大きく責献するものなのだ。
千葉県市川市にある河野製作所は、この微小外科手術に使用される針付き縫合糸(針糸)で国内六割のシェアを持つトップ企業である。創業間もない戦後の早い時期に時計の針などを製造したことが、今日の微細加工技術につながった。一九六〇年代に手術用針分野に進出し、世界で初めて指の再接着手術に成功したマイクロサージャリーの第一人者である、奈良県立医科大学整形外科の玉井進医師(現・同大学名誉教授)と出会ったことが大きな転機となった。
「祖父(創業者)から聞いた話ですが、初期のころは、薬剤に漬けて針先を細くするなど、今日では考えられないほど加工技術が未熟でした。糸に至ってはストッキングをほどいて急場をしのいだこともあったそうです」と河野淳一社長は話す。
こうした黎明期を経て、同社は玉井医師の指導を受けながら製品品質を高め、マイクロサージャリーのパイオニアとして業界での地位を不動のものにしたのである。

仕事をしやすい環境づくりに配慮

とはいえ、経営は順調なときばかりではなかった。なかでも、河野氏が社長に就任した一九九七年前後は、最も苦しい時代だった。右肩上がりを続けていた医療費が減少時代に突入。さらにAIDS(後天性免疫不全症候群)や牛海綿状脳症(いわゆる狂牛病)対策から薬事法が強化されたため、それらの対応にも迫られたのである。しかも当時、社員の平均年齢が五〇歳代と高齢化が進み、社内には変化を嫌う空気が漂っていた。
「このままでは生き残れない」。そう考えた河野社長は、社内のさまざまな場面で改革を断行した。モノづくりの外製をできるだけ避け、社内で設計・開発・製造までを一貫して行うこと。性別・年齢・勤続年数にとらわれない実力本位の給与体系の導入。中途採用者だけで構成する販売委託会社クラウンジュン・コウノの設立などである。
個人の能力を百パーセント発揮できるよう、社員に責任と権限を与えるなど、仕事のしやすい環境づくりにも気を配った。「既存製品のモノづくりも大切ですが、当社のような開発会社は、新しい商材を探して開発に移すサイクルを回し続けないと、すぐに行き詰まってしまうからです」(河野社長)。こうした努力のかいあって、その後再び隆盛期を迎える。最初に実を結んだのが、心臓血管外科で使用される針糸の事業である。
従来のポリプロピレン(PP)樹脂に替えて、世界で初めてポリフッ化ビニリデン(PVDF)樹脂を採用し、同社が治験して承認を取得した。PPに比べて熱安定性や耐薬品・耐放射線性に優れるなど、心臓血管外科手術に適した製品である。じつは、この製品を開発するまで心臓血管外科での同社の実績はゼロであった。
先発メーカーがPVDF製の針糸を製品化しなかったのは、素材の加工が難しく、PPに比べて材料費も高価であること。また、ある程度市場シェアを握っていたので、新製品を投入する必要がなかったからである。心臓血管外科は生命に直結するため、一般に医師の間に新しいものに対する拒否反応が強いとされる。しかし、二〇〇一年に製品を市場投入すると、多くの医師に評価され、新しい事業領域を築くことができた。ちなみに心臓血管外科用針糸は現在、同社の全製品中、最も売上高の大きい事業に育っている。

世界最小の手術用針を開発

近年における最大のエポックは、二〇〇四年に開発した直径〇・〇三ミリ、世界最小の針糸である。それまでのマイクロサージャリーでは太さ〇・五ミリ程度の血管を縫合するのが限界だったが、この針糸
は太さ〇・一ミリの血管の縫合を可能にした。わずか〇・四ミリの差が、この極端に微細な手術領域に飛躍的な進歩をもたらしたのである。
開発のきっかけは二〇〇〇年秋に開かれた学会で、帝京大学医学部教授の黒島永嗣医師から「もう少し微小な針がつくれないか」と声をかけられたことである。それまでの針の直径の限界は〇・一ミリだった。それ以下の細い針が本当につくれるのか、その時点ではまったく自信が持てなかった。はっきりしていたのは、加工に必要な工具や治具はもちろん、機械そのものを変えないと絶対にできないこと。また、仮に針ができたとしても、針だけでは手術ができないため、持針器(針を持つ器具)やメス、ハサミなども開発しなければならないことだった。「当社のビジネスモデルとしてもまったく想定外のことであり、採算だけを考えたら、とても引き受けられることではなかった」と河野社長は振り返る。
しかし、河野社長は医療器具メーカーとしてやるべき仕事だと判断した。同社にとって幸運だったのは、この件に関して経済産業省の産官学連携プロジェクトのスキームが構築されるなど、外部の協力が得られたことである。〇・〇三ミリの針を使うためには、それに見合う新しい顕微鏡も必要になるが、顕微鏡業界のトップメーカー、三鷹光器(東京都三鷹市)が開発を引き受けてくれたのもそのひとつである。

ターゲットはニッチエリアの高付加価値製品

開発は素材選びから始めた。海外メーカーなどが使用するステンレスは加工しやすいが、これほど微小になると、手術中に曲がったり折れたりする危険性がある。そこで、加工はしにくいが、同じステンレスでも剛性と同時に粘り気を持つ特殊なステンレスを選んだ。このほか、加工中に素材がちぎれないようにする工具や、極細の線材を国定して加工できる治具などを独自に開した。出荷するまでに検査を含めて、切削や研磨、表面コーティングなど三〇~四〇の工程がかかると言う。
かくして開発に着手してから三年後、目標どおりの微小針が完成する。肉眼ではほとんど見えない小さな針である。しかし「映像を見ながら手術をするのですが、どの医師も針の小ささを感じさせないほど、器用に操ります。人間の手というのは、じつに器用にできているものだと、改めて感心しました」(河野社長)。
同社では、年によって異なるものの、毎年、売上高の五~一五%を研究開発費に充てている。開発ターゲットは、医療分野のニッチ市場における高付加価値製品である。「市場が大きくそこそこの品質であればよい、といった製品ジャンルでは、薄利多売になるだけ。当社のようなベンチャー企業には向いていない」と河野社長はきっぱり言う。小さな池の大きなコイを今後も狙っていく。
四年後の二〇一三年九月までに、既存事業だけで売上高二〇億円の達成を目指す一方、欧米や中国など海外での開発・販売体制の強化にも力を入れる方針である。

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